吾輩は、猫になりたい。

趣味嗜好を人生の中心とした生き物の、雑記ブログ。

【第一回】えぺ反省会。

最近、APEXというFPSバトロワゲームでよく遊んでまして。

オンラインで世界中の人達と繋がる喜び…なんてものは微塵もなく。

大抵の人は視界に入ったプレイヤーを屠ることで楽しんでいるわけです。

 

そんな殺伐とした環境で生き残り、勝ち残るためには、それなりの努力がいるもので。

日々の鍛錬はもちろん、日頃からの学習やトライ&エラーも欠かせないわけです。

 

しかもこのゲームで最も重要なのは「チームワーク」。

そして「戦闘力」と「情報処理能力」、「判断力」などの『立ち回り力』が求められるわけです。

 

幼少期から協調性も無く、闘争心も無く、頭も悪くて優柔不断の私にとっては物凄く困難なゲームなんですね。ほぼモグラみたいな生き方してんな。

知らんけど。モグラの一生。

ただ、面白いんですよ。なんだろ。勝ったらもちろん、負けても、一方的に何もできずに負けるとただ悔しいだけだけど、惜敗すると、燃えるというか。

上手くなりたいな。って、純粋に思えるんですよね。

 

 

んで。

1人で出来るだけ上手くなろうと思ってた矢先に、2人組の野良(シャッフルで組み合わされるチームメンバー)さんに拾っていただきまして。

めちゃくちゃヘタクソで申し訳なくて、せめてもの思いで丁寧にコミュニケーションをしてたら、気に入って頂けたのかな。多分。

正直、お荷物にしかなってないから、なんで遊んでくれるのかわからないけど。

ありがたい気持ちでいっぱい。と同時に、より申し訳ない気持ちがありまして。

上手くならねば。と沸々とした感情があるわけです。

ミスしてもヘマしても怒らずに優しくフォローしてくれる良い子たちなのでね。微力でも貢献して、勝って、喜ばせてあげたいわけです。

そしていつか、明確に2人の役に立てるようになれたら、嬉しいわけです。

 

そんなこんなで、ゲーム日誌を書いてみようかと。

反省点をまとめたりしたものはTwitterであげたりしてるんだけど。

よりしっかりと振り返りながら書き綴ってみようかなと。

まぁシンプルに、振り返るべき反省点が多過ぎるってだけなんですが…より刻めると良いのだけれど。

ってなわけで。本日は。

 

 

*射撃訓練場

・実戦で頻繁に拾うのに、扱いきれない武器が多い。

得意な武器や好きな武器はもちろん、苦手な武器の扱いにも慣れるべきやね。好きな武器は大抵初動(試合開始時)で拾えない。基本的に拾わない武器で戦うことが多いから、リコイル(連射時の反動)やエイム(照準を敵に合わせること)をもっと底上げしないといけない。的にどれだけ当てた、とかではなく、「この武器だったらこう戦えば倒せる!いや、倒す!」という自信が持てるくらいには扱えるようにならないと。得意武器(頻繁に使う武器、好きな武器)以外の時に戦闘意欲が下がってるのがよくない。圧倒的に練習時間を含むプレイ時間が少ない分、積極的に使って苦手意識を克服していかないとね。戦闘時のキャラコン(自キャラの操作性。正確さや技術面等)を癖づけながら、その動きに射撃がついてくるように意識して日頃からやっていこう。

漠然とした練習は実戦で活きない。無駄とは言い切れないけど、時間の使い方が勿体無い、かな。

実戦を想定した距離感や位置で射撃&操作して、いざ戦闘した際に操作や判断に意識を全部持っていかれないように慣らせていきましょ。

あと今、動画でまた一つ学んだことがあるので、帰ったら視野角と感度を調整し直してみようかな。

 

ちなみに、今回のアプデで導入されたG7スカウトのミニゲームのスコアも、まぁまぁ。順調なのかな?

的に当てた数等で競えたりするミニゲームだけど、スコアに囚われると訓練の意味を感じられないからね。

俺はまだあれで遊んでられるようなレベルじゃない。

他の銃でも同じ練習は出来るし、やるけど、まぁ、一つの分かりやすい指標としてね。続けていきましょ。

 

*カジュアル

特に失うものがないので、練習がてら気軽に遊びたい人が集まるモード、カジュアル。

遊びの雰囲気漂うお気楽な感じかと思いきや、とんでもない。

昨日今日始めた初心者からFPSの鬼まで、幅広いプレイヤーが放たれる激戦モードなんですね。

だから、俺みたいなヘタクソでもチャンピオンになれることもあれば、着地して1分も生存できないこともしばしば。ってかそっちの方が圧倒的に多い。

即死してしまうと学べることは少ないが、ある意味半ば強制的にというか、必要以上に戦闘する機会が得られるので(もちろん避けることもできる)、実戦経験を積んだりゲームのシステムに慣れたり、日頃の勘を取り戻したりと、用途は様々。

 

そんな中、俺はもちろん実戦経験を積みにいくわけです。

マップのどこに降りるか、敵はどこに降りてるか、どこでアイテムを漁るか、戦闘すべきか否か。

そもそもの操作感や情報のインプットやアウトプットなどなど。

10〜20分ほどの1試合の中でとてつもない情報量があり、それらの処理、そして行動をして、敵を見つけたらその状況に応じた最適の対処をしなきゃいけない。

とても小難しく書いてますが、要は『周り見て有利な状況作って敵を撃ち倒して最後まで生き残れ』ってことですね。

その為には実際にゲームに参戦することが最重要事項なんですが、それと同じくらい、「予備知識」や「積極的な学習」が大切なんですね。

意識しなくてもできちゃう天才くんではないので、俺くらいであればどんどんトライ&エラーと反省をしていかないといけないなぁと思うわけです。

なんせ、そもそも苦手分野だしね。ただ、楽しいから。んでもっと楽しみたいから。『努力』は苦手だけど…これはなんて言うんだろ。

まぁ、まだ大丈夫。

 

さて、前置きが長くなりましたが、今日の主な反省ですね。これから先、しばらくは同じような内容になるかもしれませんが、悪しからず。

 

■接敵時における戦闘力が低過ぎる■

これについては改善点が多過ぎるのと、一朝一夕でどーこーなる部分ではないのですが…まぁ、簡潔に要点をまとめていきましょか。

・武器や投擲物、アビリティの操作性…既述した「エイム」と「リコイル」の向上と安定はFPSプレイヤーの永遠の課題なので、割愛。

・遮蔽物や地形を使った撃ち合いの不慣れ…身体や頭を出し過ぎて被弾が多い。隙が多いリロード時や武器の切り替え時に一度隠れる習慣を身につける。

その場に留まって戦闘が無駄に長引いたり、漁夫が来て混戦したりが多いので、「撃ち合ってキッカケを作る」だけじゃなくて、「状況を好転させる行動」を考えて行動する。(この時、投擲物やアビリティが半ばテキトーになってしまう癖があるので注意。)

・焦りからくる操作ミス…インベントリ開いたり、使うつもりもなくアビリティや回復アイテムを使ったり、マガジンに余裕あるのにも関わらず、反射的にリロードして無防備になったり、武器チェンジの操作をミスって隙だらけになったりと、経験不足からくる焦りが原因。

・敵を見失う…足音の大きさや方向で、距離や位置を把握することに慣れてない。構造を理解してないから余計に見失いやすい。

★改善策★

・より戦闘時を意識した射撃&操作訓練 ・与ダメージより被ダメージを優先的に考慮した立ち回りを意識 ・一先ず速さより正確さを大切に

・銃声等で音が聞こえなくて索敵がまともに出来ない時点で不利なので、引けるor隠れられる立ち回りを意識

 

ほとんどの欠点がこの戦闘時に露呈されているので、こんなもんですね。

これに付随した部分は、とりあえず頭には入れておくくらいにしておきましょうか。

いくら位置取りが上手かろうと速かろうと、避けられない&必要な戦闘に勝つ力が弱ければ意味もない。

逆に言えば、ここが秀でてれば最悪、ポジションは強引に奪うことも出来るから、必須やね。

 

戦闘に直接的に関わらない上手さはほどほどに、まずは強さですね。剛より柔な強さが欲しい。

 

 

さて。ダメ出しばかりだと凹んじゃう性分なので、褒めてあげるべきところはどれだけ稚拙な成長でも褒めてやろうかなと。

えーと、なんかあったかな。

 

ウイングマンの命中率が向上した…アリーナ(3vs3戦)でもカジュアルでもぼちぼち当たるようになったな。強気にエイム&射撃が出来る様になってきたのは、日頃から動き回りながら的撃ちしてた成果かな?何回か敵のアーマーを割ったりダウン取ったりした実績が自信にもなってるかもね。

★敵との距離に応じたADS(スコープを覗く行為)&腰撃ちが反射的に出来るようになってきた…命中率はともかく、つい癖で近距離でも覗いて敵を見失う…みたいなミスはかなり無くなったね。格段に落ち着いて近距離戦に挑めるようになってきた。ヘタだけど。

★HPバーを見ずとも、被弾した際の画面や音で「一旦引く」という選択が取れるようになってきた…以前は自分がどれだけ喰らってるかもわからないまま戦闘に飛び込んでたから、これも成長ですね。今後は「引き撃ち」か「引く場所を考えながら撃ち始める」が出来るといいかな。

★高所(有利ポジ)や裏取りの意識がスムーズになってきた…迷いやハッと気付いてから動き出す…みたいなことが減って、率先して周りを警戒しながらポジショニング出来るようになってきた。ただ、そこにたどり着くまでの時間の逆算が不十分なせいでカバーが間に合わなかったり、道に迷ったり敵を見失ったりも多々あるので、接敵時は「有利ポジ<仲間のカバー」の優先順位で立ち回れるとなお良し。

★接敵時やダメージを稼いだ時などの際に「敵の情報(ダメージ数やキャラ名など)」を把握できるようになってきた…以前はなんのキャラかも見れない&把握できないくらいだったから、これも大きな成長ですね。スキンが違うとまだよくわからないけどね。

 

こんなとこですか。

てなわけで、本日はこの辺で。

どうにも余計なことまで考えてしまうやうで。

頭の良し悪しは、この際どうでもいい。

どうやら養った考察力や思考力の使いこなすセンスというか、そこら辺が欠けているようで。

考えなしに行動しても後悔するし、考えて行動しても後悔するし、考えて行動しない選択をしても、後悔する。

後悔しないように、後悔しないような生き方をしたくても、できやしない。

そんな人間になれそうもない。

 

というかどうやら、後悔しない生き方なんて、滅多にできるものじゃないらしい。

よくよく考えてみれば、分かりきったことだったじゃないか。

肯定できる選択もあれば、反省すべき選択もあるし、後悔する選択もあるだろうに。

選択した自分を後悔しないってのは聞こえは良い生き様だし、本心なら素敵なことだが。

意固地になってる部分が少なからずあるんじゃないの??と、思ってしまうよね。

後悔するしないの選択をしてる時点で、悔いあるんじゃん。ってなもんで。

まぁ他人の生き様にとやかくいうつもりは全然無くて。自分だったら、そう思うなぁって話。

 

つまり、問題点や論点はそこじゃない。

やっぱり、選択することが大切で。その選択肢を自分で選んだ!と言い切れることこそ、重要なのではないか。

だからこそ誇りに思えたり、心底反省したりして、強くなっていくのかなって。

 

 

それでいうと。今回の、現状の、自分はどうだろう。

仕事は辞めたいと思っていた。ただ、その後の計画がとことん頓挫した心身の疲労と共に、選択肢を選ぶ力が減少していた。

そこに追い討ちをかけるかのようなタイミングで、契約満了の通知。

ただ、その結果をもたらした原因に自分が関与していないわけじゃない。自業自得なのだ。

そりゃそうだ。辞めるつもりだったんだから。重心は確実に前職からズレていた。

しかし、あまりにも前職の就労条件が好都合で、辞めきれなかったのも事実。

踏ん切りをつけられなかった自分にとっては、ほんの少し、救われた部分もあったんだ。

 

だから、単なるピンチじゃないんだ。これは。

チャンスだったんだ。間違いなく。ただ、そのチャンスを掴む手も握力も無かった。それだけの話。

運が悪かった。と一言で片付けるべきことじゃない。それはわかってる。

それでも、正直、もう少し、なんとかなるものだと過信してた。そこも含めて、自業自得なのかもなぁ。

 

とことん可能性を見出して挑戦して、明らかにして、諦めた。

自分のやりたいことが、憧れたことが、要は「エンターテイナー」だったと気づくと同時に愕然としたものだ。

どんどん自分の殻を剥いて、皮を剥いて、曝け出した自分の本質は、エンターテイナーとはかけ離れていたから。

 

誰かに喜んでもらえたり。楽しんでもらえることは、小さい頃から本心で嬉しかった。

落書きや手料理で喜んでくれる親兄弟。

漫画を模写して喜んでくれた友人。テレビの真似事をして笑いをとった時。

自分の思考や言動で生きる希望を持ったり、活力を持ったり、共に過ごす時間を大切にしてくれた恋人達。

曲を作って、自分の曲で感動してくれた人たち。

そんな人たちの顔を見たり、声を聞くことが、本当に嬉しかった。喜びで、幸せだった。

 

 

でも、きっと、なんか、違うんだ。

そんな、綺麗なもんじゃないんだ、俺のは。きっと。

世の中のエンターテイナーさん達とは、きっとかけ離れてる。

だって。そうさ。「喜んでもらうために努力すること」なんて、大嫌いなんだもの。

 

あくまで俺のは、好き勝手にやった言動に過ぎなくて、たまたま、身の回りの人たちに受け入れてもらえただけ。たまたま。ほんの一部に。

それを世の中に、社会に…と考えたら、そのまんまで通用するわけもなく。

そこには勉強も努力も覚悟も要る。当たり前だ。

そんな当たり前が、俺には身を裂くほどの苦痛なのだ。

根っからのエンターテイナーじゃなかった。もっと早く気づくべきだった。

憧れた時点で負けだったんだ。少なくとも、俺はそうだ。

憧れた時点で、つまりは本質が大いに異なるということで。

言うじゃないか、「隣の芝生は青く見える」と。

 

おそらく、天然物の芝生の青さに憧れた少年は、例え自分の芝生が人工のものでも、青くなるよう努力するものだ。

俺は違う。天然物の青さが良いんだ。自分の芝生が天然物に出来ないとわかった時点で、途端に努力なんてものをする気が無くなるんだ。

俺が憧れたのその天然物の芝生の青さ。

もちろんれっきとした天然物もあれば、中には調べたら人工のものを天然っぽく見せているだけだったり。

天然の芝生をそのままくり抜いて並べているものだったりもする訳で。

 

それはズルとかじゃなくて、その人達なりの工夫や努力の賜物で。決して馬鹿にできる物なんかじゃない。

ただ、ホッとした感情よりも、ほんの少し、ガッカリの方が強く感じてしまう人間だったんだ。俺が。

幼稚なままなんだ。残念ながら。やっぱり、天才はカッコいいもの。憧れちゃうもの。

 

 

ただ、幼稚な俺が憧れちゃうような天才の方達は、「天才」の一言で片付けていいような努力をしてきていない。

それは、それだけは、わかるようになった。

当たり前のように、誰よりも努力した。それはそれは、恐れ入るほど、「当たり前」に。

天才と凡才を分つのは、おそらくそこだけだ。努力の量や質じゃない。

苦痛を、苦悩を、「まるで当たり前かのように」受け入れて、打ち勝ってきた人達だ。

 

俺にも、たま〜〜〜に、ある。「よくしんどくないね、それ…」と言われるようなことが。

俺にとっては当たり前の言動や思考も、誰かにとってはとんでもない所業だったりする。

つまりは、そう言うことだ。

俺にもあるんだ。たまに。掴みきれてないけれど。あることはあると。

ただ、自分が望んだ部分には無かった。それはどうしようもない事実で、受け入れるべき事実なんだろう。

 

人生なんて、思い通りに行くわけない。

もちろん、思い通りに行く人生なんて退屈そうだとも思う。

それでも、思い通りに行かなくてイライラしたり、苦悶するのは、まだどこかで幼稚な俺がグズっているからなんだろう。

なんで?なんで思い通りに行かないの?って。

それによって思考力が身についたり、改善する努力が多少できるようになったのも事実だから、一概にクソガキってわけでもなさそう。

要は、付き合い方なのかも。

 

この幼稚でワガママな自分の手を引けるような、強さを身につけたいな。

多少グズっても、理解と妥協をさせながら。一歩ずつ、一緒に歩いて行けるような。

何でもかんでも大人の事情で無理やり押さえつけるんじゃなくて。

「まぁ、これはこれでアリかも!」って喜んでもらえるくらいのご褒美をあげられるように。

 

めめめめんどくせっっっ!!!!!(笑)

我ながら、本当に面倒臭い人間です。

それでも、しょうがないよね。それが俺みたいですし。

 

腐って自暴自棄ぶったって、やっぱり面白くないし。

やっぱり、出来ることはやるべきだとも思うし、ダラダラなんもしないより、ほんのちょっとでも頑張ってる自分の方が好きなのも事実。

 

ってなわけで。懲りずにやっていきましょ。

仕事は流石にね、俺の努力だけじゃどうにもならんことも多いので。

タイミングとかね。色々あるだろうし。

そこら辺も踏まえた上で、自分なりに出来ることを。ってなもんで。

 

 

こんなとこですか。

それでは、また。

静も動も辛いなら。

どうしたらいいものなのでしょうね。

歩くのはもちろん。走るなんてもってのほか。

転ぶのが恥ずかしいとか、怪我するのが怖いとか、そんな次元ですらない。

ただただ、過去の一挙手一投足による経験則による倦怠感によるものだ。

 

ならば、これを機に思いっきり休めばいいじゃないか。と他人は言う。

頑張る才能…と言えば語弊があるかもしれないが、所謂「頑張れる人間」様にはお分かりになられないかもしれないけれど。

「何もしない」こと自体がストレスになる人間もいるんですよ。

意図的に「休む」という行動をしなければならない。それは、「肉体的な動作を一切しない」ということとイコールではないのです。

精神的、及び肉体的に「休ませる」というのはつまり、「日頃では味わえない快楽&快感を得られる行動をする」ということなんですよ。

それが人によっては寝まくることだったり、ジムで汗をかくことだったり、半身浴しながら読書をすることだったりするわけで。

 

自分にとってはそれが「趣味」だったわけです。

ゲームだったり。筋トレだったり。映画鑑賞だったり。瞑想だったり。

これまでは仕事の合間の生活時間で、それらの休息を取っていたつもりだったんですが。

 

まだ仕事が見つからない現状では、自由に使える時間が多すぎて。

どんどん、好きなものたちが好きじゃなくなる。楽しいことたちが楽しくなくなる。

先日の話と通じる部分ですね。「同じものばかり食べてたら、それがどれだけ美味しくても飽きる」んですよ。

大袈裟に言えば、吐き気を催すほど。もう要らないや。と、身体が、脳が、心が、拒絶する。

 

何もしてないと退屈で、生きてるのが辛くなる。

何か行動を起こしても、何も楽しくないどころか苦痛に思える。

なんの積み重ねも出来ない、なんの生産性もない自分に嫌気が差して、生きるのが辛くなる。

こんな精神状態じゃ何をしても辛くなるだけだ!と、何もしなくなる。

何もしてないと退屈で…の、無限ループ。

 

 

息をしてても、止めてても苦しいのなら、どうすればいい。

どうしたいんだろう。

吐き出したい一心でこんなところに書いてるけど。

ココに吐き出したところで解決するわけでもなし。

空いた脳内スペースを活かせる手立ても特に無し。

 

やりたいことがないんだ。なりたいものがないんだ。

希望とか目標の類は、今までは気づいたら手に持てていた分、導き方とか掲げ方みたいなものは、知らないんだ。

 

幼少期はただ漠然と生きてた。動物らしい生き方をしてたと思う。

感情と感覚のままに生きた。自由奔放過ぎて、周りにたくさん迷惑をかけた。

学生時代の後半で人間関係のトラブルが増えて、厄介さも増して、処世術を考えて身に付けざるを得なくなった。心身が弱いせいで、周りにたくさん迷惑をかけた。

身の丈に合わない壮大な夢を掲げて、何の根拠もない薄っぺらい自信で、抱えきれない程、背負いきれない程、贖罪しきれない程、他人の人生を狂わせた。

数にしたら数人~数十人だったのかもしれない。それでも、ちっぽけな自分には十分な重さだった。

 

こんな自分のままじゃだめだ、と、自己理解と自分磨きを始めた。

今まで感覚で、てきとーでやってきた部分を、論理的に認識できるように努力した。

そうすれば、もっと上手に「自分」を乗りこなせる気がしたんだ。

『人は、いつからだって変われる。遅すぎることなんてない。』なんて言葉を鵜呑みにして。根本的な馬鹿さ加減は、全く変わってなかったんだ。

 

遅かった。あまりにも遅かった。ただただ、自分の愚鈍さや頭の悪さを明確にしていっただけの2年だった。積み重ねたら届くと思った。積み重ねることが大切だと思った。

もちろん、それら自体は間違いではなかった。

ただ、遅すぎた。

 

単純に、幼少期や学生時代から積み上げている奴らには、到底追い付かない。

社会人になったら、尚更。能力や才能云々じゃなく、シンプルに時間が足りない。

タイムイズマネー。社会人は時間をお金で買うものだ。

学生ほどの自由時間が無い分、持ち得る財力で時間を買って、能力を身に付けられる。

身に付けきれない能力は早々に見極め、その能力を備えた人間を買う(雇う)。

社会人の戦い方、生存戦略はそうやっていくものだと知った。

そして改めて実感したんだ。

時間もお金も無い自分に、いかに選択肢がないかを。

 

 

選択肢が全く無いことはない。もちろん。

高望みをしなければ、別に。なんてことはない。

食っちゃ寝して生きるくらいのことは、なんてことないだろう。

ただ、そんな平凡で平穏な人生に魅力を感じてないのも事実で。

唯一やりたいこと…というか、漠然とした将来像に辿り着くには、あまりにも積み上げてきたものが少なすぎる。役に立たなさすぎる。

そして、そもそもの性根が、その将来像をかけ離れている。

 

生きたいようには生きられない。

生きられるようにしか生きられない。

 

なるようにしかならない。それは、人生において当たり前のことかもしれないけれど。

人によっては、それでいいと本気で言う人もいるけれど。

こちとら、そんな根っからの旅人のような、奔放な生き方を全否定されてきた人生で。

それをなんとかしようとしてきたのに、今更そんなんしなくても良かったのに。みたいに言われてね。…いや、誰にも言われてないけどさ、実際には。

 

でも、誰よりも身近な自分が言うんだよ。やんなくても良かったね、無駄骨だったね。って。

見方によっては、膨大なデータが取れたと喜ぶべきなのかもしれない。

けど、俺はまだ、そんなに論理人間になり切れてないようで。

やっぱりショックなんですよ。

そんなことないはずだと頭ではわかってるのに、今までのほぼ全部が無駄に思えちゃうんだ。

 

そんな今までが、これからも続くのかと思うと、憂鬱なんだ。

データを活かして、改善に努める。っていう当たり前の選択を選ぶことすら無駄に思えてしまうほどの、憂鬱なんだ。

 

 

精神科医に行くことすら無駄に思えるんだ。

どちらに転んでも、予想を超えるような結果にならない気がして。

副作用が当たり前にある薬なんか飲みたくないし。

逆に、うつ病でも何でもない、気のせいだよなんて専門家に言われた日にゃ、いよいよ何も信じられなくなりそうで。

専門家の診断にすら懐疑的になってんだ。末期かもな。

 

 

知った気になって、行動しないのは悪い癖だ。わかってるんだ。

けど、信用もしてない他人の言動で生き方をポンっと変えられるほど、もうピュアじゃないのよ。無知じゃないの。初心者じゃないのよ。あくまで年齢的な意味で。

 

耳年増というか。精神年齢で言えば、まだ幼稚なだけなんだろうけど。

いいや、もう。今日はもう。わからなくなってきた。

整理整頓するために書き出したのに。2500字以上好き勝手吐き出しておいてこれか。

よかった、無駄に他人を巻き込まなくて。時間泥棒しなかっただけ、まだマシかな。

ここまで読み続ける人なんていないだろう。

いたらゴメンね。ありがとね。ごめんね。

 

 

折り合いをつけていかなきゃ。ああ。

それではまた、いつか。

やりたいことは、やりたくないことを頑張る自分へのご褒美

なのでしょうか。

まるで、苦手な食べ物を食べたからこそ美味しく感じる好物のような。

日々の学業の苦痛が育んだ夏休みの喜びのような。

 

毎日毎日やりたいやりたいと思い続けていたことを、実際に毎日毎日やってみると、理解る。

自分という人間の『楽しい』を構築する力の無さというか。凡庸で退屈でありきたりな発想力と実現力しかないのだと。

 

というのもですね。

メンタルの方が参ってしまいまして。

日々、失業した焦燥感に駆られながらも、療養と言い聞かせては、『本業』を探しておりまして。

 

この一年半くらいで、趣味を仕事にすることが苦痛である人間だということはよーーーく理解した上で。

やっぱり趣味を楽しみたい気持ちは人一倍あるわけで。

つまり…趣味を謳歌する為には、それらがアクセントとなるような、生活の主軸となる『仕事』が必要な訳です。

 

 

美味しいものが美味しく感じなくなる。というのは、結構寂しいものでして。

シンガーソングライターしかり、イラストレーターしかり、ゲーマーしかり。

そればっかりじゃ味気なく思える。

「味わい方を変える努力をする」という当たり前を加味しても、寂しさが紛れる訳じゃない。

つまりは、根本的解決にはなっていない。

 

そう、根本的に俺は、『どーしようもなく飽きやすい』上に、『欲張り』で『ワガママ』……つまりは、『子ども』なのだ。

いくつになっても、どう足掻いても、ここばっかりは変えられない…いや、変えにくい…に過ぎないのかもしれないが。

 

この歳になって、それなりに経験と知識が身についてしまった以上、抜本的な解決というのは困難を極める。

ここまで深く根付いてしまった自我の問題を抜本的にやろうものなら、下手すれば崩壊しかねない。

意識的に変化を加えるには限度がある。

 

環境と習慣の変化。

それらによって変わる他人や空間との摩擦。

それらの摩擦熱が自分にどういった影響を及ぼすかは検討がつかない。から、そこばかりはトライ&エラーしていくしかない。

時間がかかる。ストレスもかかる。

そんなものは望んでない。けど、必要なものだ。

どうやら、必要なものらしい。

 

 

とりとめもない、駄文になったものです。

療養と甘んじて、刺激を極限まで避けて、挑戦もせず、摩擦も避けていれば、創作からも身を引けば、当たり前か。

 

 

自分に価値をつけてくれる他人や環境を求めてる。

これはもう癖みたいなもので、なかなかやめよう!とやめられるものじゃない。

 

けど、そろそろ。

自分で自分の価値を見出して、自分で値打ちする。

そんな生き方をすべきなのか。

 

売り物にならないと悲観して生きるより、売り物にもなれると自惚れて生きるくらいの方がいいのか。

確かに、それを確かめられる環境で挑戦しては一喜一憂してるくらいの方が、退屈はしないで済みそうだ。

 

退屈しない生き方…か。ふむ。

【他人の金で喰う飯は、美味いかね。】

美味いです。なんなら自腹より美味いです。

汗水垂らして一生懸命働いて稼いだ金で食べる回転寿司も、友達に奢ってもらうすき家の牛丼も、先輩にご馳走になる高級焼肉やステーキも、もれなく美味いです。

美味い飯は、美味いです。そんな私です。おはようございます。

 

 

先日、久しぶりに外出して友達と遊びまして。

俺に金が無いことを知ったうえでお誘い頂き、行くとこ全て出してくれて。

「あれ?俺、こいつの彼女だっけ?」と思うほど、贅沢にもてなしてくれまして。

申し訳なさや複雑な気持ちも吹き飛ばしてくれるくらい、ドライブや銭湯、雑談などで思いっきりリフレッシュさせて頂きました。

ありがたや、ありがたや。

 

なかなか気兼ねなく「会話」が出来る友達が少ないんですよ。

友達はある程度いるものの、やっぱり球(言葉・話題)を選んだり、躊躇してしまうのが大半で。

フルジャンルで遠慮無しに投げられる、数少ない友達にはついつい甘えてしまいますね。

 

もちろん、向こうも気兼ねなく色々と吐き出してくれるので、そこらへんはお互い様なのでしょう。

退屈な空気を埋めるためのどうでもいい雑談じゃなく。日頃の思考や思想を吐き出しながら整理しつつ、笑いも交えて解決や改善へ導く。

そんな、俺にとってはなんてことない普通の雑談を出来る人が、本当に少なくてね。

ましてやフルジャンルとなると、尚更おらんのよね。

貴重な、大切な友人です。いずれちゃんとお礼を返さないとね。

 

 

ってなわけで。

久々にしっかりと心と身体のリフレッシュをさせて頂きました。

基本的には外出たくないし、インドア万歳だけど。

たまには夜の街を歩いたり、ドライブしたりも心地良いものですね。

ほんとに、たまには。

金と時間と神経のすり減りっぷりが半端ないので、うかつに外出できないのよね。

てへぺろ

 

 

さてさて。3月半分を過ぎようとしていて。

変に焦らないように慎重に…とは言いつつも、いよいよ焦燥感が胸を締め付けますね。

きちんとゴールを見定めて、ルートを絞っていかないと、迷う一方だ。

 

どうしても心が定められないゴールは、とりあえず一旦後回しにしておいて。

「今の自分が定めたいゴール」だけでも明確にしていきましょ。

日進月歩。ですね。

 

 

それでは本日はこの辺で。

【インドア、万歳。だがしかし。】

タイトルを見て頂ければわかる通り、インドアが好きな…いや、大好きな。。

……んなぁ、もはや愛してやまない僕です。おはようございます。

 

基本的には家に引きこもり、漫画読んだりアニメ観たりゲームしたりと、日に日に子供部屋おじさん化の街道を驀進中なわけなんですが。

そんな私も、幼少期からそうか?というと、そんなことなかったんですね。

どちらかと言えば、アウトドア派だったんですよ。

 

まぁもともと友達はそんなにできるタイプではなかったので、基本的には一人で遊んでましたが。

散歩して迷子になったり、チャリで爆走して迷子になったり、自宅の庭に咲き誇った花をおもむろにむしって婆ちゃん(花道の先生)に激怒されたり、兄弟と喧嘩した勢いで家出して、40分後に帰宅したり。(近所の知らん家に押しかけて、この家の子にしてくれと頼んだら断られて、そのまま帰ってきた。我ながらなにしてん。)

しかもその時の荷物が、当時お気に入りだったミニ四駆一台だけっていうね。

ただのいかれポンチでしたね、我ながら。

 

 

まぁとにかく。

ここ数年の生活からは考えられないほどアクティブで、よく出かけてました。

家が嫌いとかじゃなく。なんとなくフラフラするのが好きだったんですよね。

朝6時に起きて7時に電車で隣街に向かって、どこも店開いてなくて、9時に帰宅したり。未だに当時の行動力と衝動は理解できません。

 

不動産チラシのポスティングを数年やって、知らない街を散々練り歩いたりして多少満足したのか、今現在はさすがにそこまでの冒険心はありませんが。

まだ多少はあるんですよね。冒険心というか探検心というか。

 

ところがどっこい、30歳を過ぎて。足元に散りばめられた様々なブレーキが行く手と判断を阻む。

そこまで無茶な行動が出来なくなったのは間違いない。

しかしそれでも、やっぱり。心残りというか。

ぬぐい切れない野望というか、やりたいことはボチボチありましてん。

 

 

例えば「グランドキャニオン」を体験する。とかね。

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まぁ働いて金貯めれば馬鹿でもアホでもいかれポンチでも達成できるので、大したもんではないんですが。なぜか半生近く願望があるんですよね。まぁ死ぬまでに行ければいいや。ってなもんなんですが。

 

他にはそうだなぁ、おそらく今世では無理なんだけど。

「小料理屋の経営」とかね。

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昼は定食、夜はおでんとか酒とか出しながら、カウンターでボケーっとしてたい。

ちなみに来世は「俳優」と「ブレイクダンス」をやります。来世はね。

知らんけど。

 

 

とか。大なり小なり色々と夢想して楽しんでる中で、ここ最近最も熱量が上がってるのが、「キャンプ」なんですよ。まぁ、流行りの「ソロキャンプ」ですよ。

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友達とBBQを兼ねて行くのも有り。だけど、多分ソロの方が安定して行く気がする。

あ、ぼんやりとした願望をヒートアップさせてくれたのは、上の写真に写ってる大好きなYouTuber「DJキャブヘイ」さんです。

バイクとかキャンプとか興味ない人も楽しめる動画が沢山あるので、知らない方は是非観てみてね。色々とクセが強くてぶっ飛んだ人だけど、シンプルに良い人で面白くて好き。

 

とりあえずリンク張っとくね。ここの閲覧者なんて居るのかしらんけど。

youtu.be

 

 

さてさて。

ささやかながら、ちょっと楽しみな趣味が増えそうでワクワクしております。

ゲームでも現実でも、何か作ったり自然が豊かだったりは好きなんですよね。

虫はあんまり好きじゃないけど。まぁ大丈夫でしょ。

 

お気に入りのロケーションに設営して、飯作って酒飲んでまったりして…んん、楽しそうじゃないですか。

今のところゲーム実況くらいしかあげる動画が無い自分のYouTubeチャンネルに動画あげたりしても楽しそう。観る人は知らんけど。

 

 

そんな感じでワクワクさんがストレッチを始めたので、ゴロリとしてないでさっさと仕事探して、どんどん人生を彩っていきたいと思います。

独り占めもいいんだけど、動画編集とかでも遊びたいので、しょぼいなりに発信はしていくよ。たぶんね。気が変わるかもしれんから、しらんけど。てへぺろ

 

 

それでは本日はこのへんで。ほろよいなはっちんでしたとさ。ちゃんちゃん。

【ここ掘れ、ワンワン。】

猫になりたいゆーておきながら、ワンワンとは何事だ?

まぁ、猫もたまには掘ったりするでしょ。知らんけど。

 

さてさて。

仕事探しもほどほどに、より一層『自己理解』に拍車をかけております。

ここ1〜2年ほぼ毎日、自分という人間と向き合ってきたつもりなんですが…未だに把握しきれないといいますか。極めて難航しております。

 

というのも、単純で明快な人間だと判断出来るような言動もあれば、複雑で面倒な人間だとも判断出来る言動もしばしばで。

漫画などのフィクションに出てくるキャラクターのように、分かりやすい人間だったら楽だったのに…なんて、現実逃避をしてしまう始末。

いつも何かしらの狭間をフワフワと生きているような感覚で、地に足がついていないような感覚で、不意に疑心暗鬼に襲われる日々。

 

まったく、面倒な生き物です。

 

まぁそれならそうと、それらの要因を改善していけばいずれは生きやすくなるのだろうと努めてきたわけなんですが。

手応えがあるよーな、ないよーな。。

 

感情的な言動で失敗ばかりしてきた…と自責して改善を試みるも、ふと、感情的な言動で他人に感謝されることもあるわけで…どうすべきかよく分からなくなってるのが実際のところです。

 

 

自分に正直に生きて失敗して親兄弟や他人に迷惑かけて、それなら抑制しなければと慎ましく生きようにも思うようにいかず、中途半端な言動が増えて、また迷惑かけて…の繰り返し。

 

こんな自分は居ない方がマシなんじゃ…と、よく思い悩んでおります。

……よく思い悩んでおきながらも図々しく生きてるところを見ると、さほど深刻な症状ではなさそうですよね。

どうやら、『軽症鬱』っていう、れっきとした精神疾患らしいんですけどね。まぁ、不思議と笑い飛ばせることもあるので、その辺はもういつものことだと流せるようになりました。

あまりに頻繁になるものでね。簡単な対処法はもう抑えております。

 

 

さてさて。やっかいなこの『感情先行人間』をどうしたものかと、来る日も来る日も理解を深める作業。

ボロボロになったスコップで、せっせと深掘っていきながら、ようやく根幹を見つけられたような。

……まぁ、すでに見つけていたと言ってもいいモノなんですが。

 

 

《感情》なんですよ。結局。

感情というセンサーが恐ろしい程敏感で、感覚を脳が理解する前に、反射的に言動に出てしまう。

幼少期から現在に至る経験の中で、この『条件反射』こそが大敵であると改めて理解した訳です。

 

今までの失敗や不幸、苦くて辛い思い出全てが自身の感情のせいとはもちろん言わないけど。

重要なとこは大体、感情のコントロールの失敗と、それによって出た言動も大きな要因と言えるでしょう。

 

じゃなきゃ、自己嫌悪で自暴自棄な思考に陥る程の後悔や反省に至らないと思うわけです。

 

「自業自得である」という事実が、少し前は絶望的な程の精神ダメージになっていたんですが。

今となっては、改善への糧になり得るのではないか…とは思えるようになった。

…ってのは、少しは成長出来てるのかな。なんて。

ほんの少しくらいは褒めてあげてもいいのかもね。

 

 

さてさて。そうと分かれば。

感情のコントロール技術の向上。

それに伴い、コントロールが効かなくなり得る環境や状況への対処法と対策法。ですね。

この辺を踏まえて、また仕事を探しましょうか。

 

 

他人と関わりたくない。なんて大袈裟に捉えていたけれど、これは要は「嫌い&苦手な人間と関わりたくない」という当たり前の感情であって。

仕事をして生活する以上、少なからず他人と関わる必要があるわけで。そんな中、好きな人ばかりの環境なんて滅多に無いし、付き合う時間が増えればいくらでも変わり得る。

 

つまりは、「そこ」を避けようとするだけ無駄というわけで。

避けきれなければ、受け止めなければいけない。

受けきれないなら、受け流すしかない。

ただ、それだけのこと。むしろ、それ以上の術は『離職・退職』しかなくなってしまい、下手に行動すれば自分の首を絞めることになる。現在のように。

それでは元も子もない。

 

頭も要領も悪い人間に邪魔されたり足を引っ張られて困るなら、嫌なら、関わらないように、手の届かないところに…と対処する。

出来るだけやって、それでも無理なら、それは仕方がないことだ。と、乗り越えていくしかあるまい。

 

 

そう考えてみると、今の職場を離れるのは全然間違ってなかったと思える。

立場に関わらず、自他共により良い職場環境を作れるよう発言して尽力したけれど、考えが至らない上司や同僚にそれらを無碍にされ。

業務によるスキルアップもなければ、平気で個々に元々備わっていたスキルを乱用し、評価には繋げない始末。

 

とはいえ、自分に一切問題が無かったと言えば嘘になる。今思えば言い方ややり方に不備があったとか。上手くやり取り出来なかったということは、必ずしもどちらかだけのせいではないからね。

自分は自分で、思い当たる問題点を改善するしかないのでしょう。

相手は変化なく、相変わらずポンコツだったとしても、それはもう、仕方がないこととして折り合いをつけていかなければならないのでしょう。

……こーゆーとこがいけないんでしょうね。

でも、実際に経験して下した評価で、事実なので。

仕方がありませんね。

俺は、ポンコツにしかポンコツと思わんです。

 

とはいえ、愚痴も陰口も愚行に過ぎないので。

ほどほどにしましょ。

 

 

そんなわけで。

また一から磨いていきましょ。自分を。

それに適した環境を作ろう。

そうすれば自然と勤め先も絞れることでしょう。

 

それでは本日はこの辺で。